おまけの読み物その14 スキーブーツの安全性・快適性ってなんだろう

2015.12.11

ランニングシューズは、走るためのシューズですね。当たり前です。

私は靴の専門家ではありませんが、ランニングシューズとウォーキングシューズは全然違うということぐらいはわかります。さらにランニングシューズでも軽ジョギング用とマラソンのレース用とでは想定スピードや対象者のトレーニングの量と質などの設定が全然違うはず。軽ジョギング用のシューズは普段それほどトレーニングに時間を割けない人が使ってもケガをしにくいように作られているはずで、ですからレース用シューズと同じ軽さを求めることはできない。反対にレース用シューズに軽ジョギング用シューズと同じレベルの安全性・ケガのしにくさを求めるとスピードを犠牲にしなければならず、レース用としては性能の低い物になってしまう。

で、あってますよね?(誰に聞いているんだ)

 

藪から棒に何を言い出したのかというと、ランナーの故障についてなどの記事に触れているうちに、シューズのことはともかくとしてじゃあケガをしにくいスキーブーツってどういうのだろうということも考えてしまったのであります。

 

スキーブーツはスキーをするためのもの。これも当たり前といえば当たり前の話です。性能を設定する際、ランニングシューズと同様にスピードや滑走量などの要素も考慮されていることは想像できますが、スキーブーツとしての性能を求めていくとある種の快適さを犠牲にしなければならないこともある、ということも同様かもしれません。

最近の上級者用ブーツはとてもタイトになってきて、状況・場面によっては快適とは言い難いと感じることが多くなってきているのも確かです。かといってジョギング用とレース用とで履き替えるように、二足も三足もスキーブーツを使い分けるというのもあまり現実的な話ではないと思いますが、たまにゆったりとした造りのテレマーク用やBC用ブーツを履くとなぜかほっとする瞬間があったりして、「快適さ」についてちょっと考えてしまったりもします。

また安全性という要素に関していえば、スキーブーツでもそれぞれのレベルや用途に応じたものが実装されていたり内包されているのは同様のはずですが、スキーをつけるということや足元を滑らすことを前提にしていること、整地されたところばかり滑るわけでもないこと(靴でいえばトレイルランニング用途)などの点で、インソールの作り方も含めてスキーブーツならではの特殊性があるような気もします。

 

もうひとつスキーブーツの快適性や安全性を語るときに注意しなければならないのが、自分の体にフィットしていないブーツを履くことから起きる弊害・ストレスの問題は解決してあるという前提で話をしていかないとややこしくなってしまうということがまずあります。つまり適切なサイズ選択やフィッティングをすることによって、スキー運動がしにくい、痛い、痺れる、やけに疲れる、理不尽なほど冷たい、などの問題を解決しておくことは技術レベルや用途とは関係なく誰でもクリアしておきたい問題です。これらの問題がでているときは、アライメントの狂いからスキーブーツの性能が十分発揮できない状態にある場合が多く、個々のブーツが持っているはずの快適性や安全性も十分発揮できない状態になっていることが多いものです。まあ、このレベルをきちんとクリアしておけば本当は大概の人は満足できてしまうはずですが、自覚があるなし含めてこの段階でつまずいてしまっている人のほうが圧倒的に多いのも悲しい現実ではあります。

 

スキーブーツにおいて、技術レベルや用途の違いによって設定がどう変わってくるかを考察するときには、やはり想定滑走スピードを切り口にしていくのがわかりやすいかもしれません。実際ブーツを設計する際に最初に想定しているのは技術レベルや用途ではなくて、滑走スピードや体重などによってどれぐらいのパワーを受けるのかではないかと思います。カタログ上は結果としてレース用・上級者用・中級者用・初級者用・フリーライド用などといった分類がされていますが、これらの分類は形になっていく過程や販売戦略上の後付けである場合もあると思います。

一般的に高速で滑ることを前提にしているレース用ブーツや高速で滑ることができる上級者を対象と謳っているブーツは遊びが少なくて、低速で滑ることが多い初級者用は遊びが多く作ってあります。イレギュラーな体の動かし方をしてしまいがちな初級者はある程度遊びのあるブーツを選んだほうが転びにくくて安全ということでありますが、ビンディングの開放強度を強めに締めている上級者が遊びの多いブーツや柔らかすぎるブーツで転んだ場合、スキーが外れにくくなってかえって危険ということになります。

スキーブーツのシェルに切り込みをいれたり穴を開けたりして、フレックス調整や前傾角度調整、ウォークモード、スリップ防止ラバーなどの付加機能(快適装備)を付けることは構造体としてのバランスを崩すことにつながるはずですが、使う人や使い方によってはそれで丁度いい強さとフレックスが出せるのであれば必要なことかもしれないですし、安全のためにそれら付加機能があったほうがいい人もいます。それらの親切な付加機能によってスキーがより身近なものになってその人の活動フィールドが広がるのであればそれはそれでありですが、純粋に性能のみを考えるのであればそれら付加機能は極力実装しないことを前提に設計していったほうがはるかに楽なことは想像できます。

 

例えばレース用のシンプルで無駄のない形の、スキーをするための道具として特に高速で滑るときには非常にいい性能を持っているブーツがあるとします。そのようなブーツはタイトなシェルに薄いインナーの物が多く、一般的に言われる履物としての快適さとは縁遠いものに成りがちですが、そのようなブーツでも上級者が履いて滑っている時の事だけに関していえば「いいブーツ」で、その時には特に快適さ云々ということを意識することもほとんどないのではないでしょうか。

しかしそのブーツを履いて1日中雪の上に立っていろと言われたら、少し話が違ってきます。選手として或いは滑り手として履いている分にはいいかもしれませんが、例えばコーチ・大会役員などの立場になってみるともう少し「楽なブーツ」が欲しくもなるものです。或いはそのようなレース用ブーツは宿からゲレンデまで長い距離を歩いたり山を登ったり子供と一緒に雪の上を走り回ったりするのにはお世辞にも適しているとは言いがたいものであることも想像できます。そのようなシチュエーション全部を想定してそれをスキー環境というのであれば、「本当にスキーをするためのブーツ」は一般的に言われる履物としての快適さの評価は低いものになってしまうのです。

 

スキーブーツの履物としての快適性・安全性というと

「暖かい(冷たくない) 足当たりが優しい 疲れにくい 怪我をしにくい 軽い 歩きやすい 底が滑りにくい(転びにくい)」

などの言葉で語られることが多いが、初級者用ブーツでは軽くてある程度遊びを設定したシェルや足当たりの柔らかい温かいインナーブーツや、あるいはウォークモードやスリップ防止ラバーといった付加機能などで実現されていることが多い。それらの機能はスキー運動や道具そのものに不慣れな初級者特有の事故やストレスを減らすことによって安全性にも寄与している。力の伝達媒介としてのブーツの性能は低いものになるが、それがその対象にとっては必要十分な性能ということであれば問題はない。

上級者用ブーツではパワー(体重・スピード)や技量に応じた反応や吸収をしてくれる力の伝達媒介としての性能が重視されることが多く、それは狙ったパフォーマンスを実現してくれる機能であり、快適性というよりは自己実現の達成度・快感度を軸として評価されるもの。安全性についていえば、スピードを求めることや急斜面での滑走自体がそれなりのリスクを伴うものであることを考えると、そのような状況のなかでも意のままに操れることや、予想し得ない状況に出くわしたときにはいざとなったら体を守ってくれるといった、性能そのものが安全性を内包していなければならないという性質のもので、そうでなければ快感度の高いパフォーマンスも期待できない。

まとめてみるとこんな感じですかねえ。

 

結局はバランスをどのようにとっているブーツが自分にとって必要なのかという見極めが大事という当たり前といえば当たり前の結論に落ち着くわけです。性能重視のブーツでも履物として最低限の機能が確保されていることは大前提ですが、何から何まで100%満足できるブーツは現状ありませんということで割り切ることも必要ということですね。レーシングカーとミニバンを同じ土俵で比べても意味がないのと同じことです。要は道具は使いようということで、例えば上級者用ブーツと謳っていてもパフォーマンス志向とコンフォート志向とでは想定滑走スピードが違うわけですから快適に使えるスピードも違うということで、ひとつのブーツでスキー場における行動すべてを快適にカバーしようと考えること自体無理があるわけですが、そもそも何をもって快適と感じるかということも人それぞれということですね。

 

ところで道具を買う際に、「操作性、滑走性、回転性、安定性、振動吸収性、快適性、安全性・・・」などの抽象的な言葉ばかり出てくる店員の話は、結局何が言いたいのかなかなか伝わってこなくて「ほんまにコイツわかっとるんかい?」と私は思ってしまうのですが皆さんはいかがですか。

 

(おまけその14 おわり)


おまけの読み物

中江達夫のスキーブーツフィッティング