おまけの読み物その10 そのブーツ スルッと履けますか

2008.10.06

スキーブーツ売り場に立ってお客様に接していると時々面白いことを言われることがあります。

「スキーの先生みたい」(私の場合は当たり前か・・・)

「お医者さんみたい」

「ウォーキングの先生ですか?」

「魔法に掛かったみたい」

「あんたのその目はレントゲンか?」

「あんた何者?」

・・・

 

私はスキーの指導員ではありますが、医者でもデューク先生でも魔法使いでもX線の目を持ったロボットでも、ましてや決して怪しい者ではありません。

まあそのような言葉が出てくるというのは、褒めていただいているのだと勝手に解釈してきましたが、私どもの言動にはお客様からすると不思議に感じるものも結構あるみたいです。

実は販売員やブーツフィッターが店頭で話したり、お客様に体験していただいていることの大半はマジックでも何でもなくて、お客様自身では気付いていない体のことをわからせてあげているだけということがほとんどです。自身の体のことでも人から言われないと気付かないようなことはいっぱいあるもので、私自身ブーツに関わるようになって初めて気付いたことは沢山あります。

そんなあれこれをここで語りだすとレッスンで使えるネタが減ってしまうので披露はしませんけども。

 

スキーブーツのフィッティングに関わるようになると、自然に体の仕組みについても目を向けざるをえなくなります。体のバランスのことを考えるとインソールの重要性もわかってきますし、そうなると普段の姿勢や歩き方、運動パターンといったものも当然考えなくてはならなくなります。そうやって人間の体についての理解を深めることはフィッティングに関わる者としては不可欠な要素ですが、店頭でのセールストークの中にそのようなネタをちょこちょこ織り交ぜていくと、前出のような「一介のスキー屋さんがなんでそんなことまでわかるんだ」的な反応になって返ってくるわけです。

まあそうなれば心の中ではニヤリとしていたりするわけですが、この辺の話は十分論理的に説明のつくことではあります。

 

ところが経験を積んでいくと自分でもうまく説明できない、例えば「直感」としか言いようのないようなものが身についてしまったりすることがあります。

例えば経験豊富な販売員やブーツフィッターの方ならわかると思いますが、あるブーツがその人にあっているかどうか、そのまま履けるのかそれともフィッティング調整をしないと履けないのかは、足を入れる瞬間を正面から見ていれば大体わかります。なぜと言われてもわかりませんが、なぜかわかります。その瞬間を見たいが為にわざわざ正面に回り込んだりもします。加えてバックルを締める姿を見ているとよりはっきりしてきます。ブーツがフィットしていないと、窮屈そうな格好でうまく力が入らないようなそんな感じに見えることが多いものです。

もうこの辺でブーツの中の様子が大体想像つきます。立ち上がってもらって2,3回ブーツを押してもらったときには、もうどこをどうしなければならないかの大体の青写真はできています。後は何がどうなっているかを、その人自身もわかってくれるように確認作業をするだけです。

いきなり「大体わかりました」とか言われたら「ホントかよ」と思うでしょうし、なんだか総てを見透かされているようで「感じ悪い」と思われるのはいやなのでいきなりは言いませんが、大概そんなもんです。

試し履きのときに哲学者か求道者のような顔をして、30分も足が痺れるまで履いている人を見ると、時間の無駄だなあと思っていたりするわけですが、本人がそうしたくてそうしている時に何か話しかけてもどうせ聞いてくれないので、飽きるまでほっておきます(後でちゃんとフォローはしますけど)。ただし量販店の繁忙期で一度に2組も3組も接客しなければならないときなどはこういう人は助かります。

「しばらく履いて居てくださいね」、と。

 

で、足を入れる瞬間の話ですが、フィットしているブーツはどんなタイトなブーツでもスルッと真っ直ぐ、あっけなく足が滑り込んで行きます。これがフィットしていないブーツだと無理やり足をねじ込むようにしないと入って行かないのです。たとえボリュームに余裕のあるブーツだとしてもです。

不思議なんですよねえ、これが。同じようにシェルを開いて同じように足を入れるのですが、足の前半分もブーツに差し込まないうちから、違いが見えてくるのです。しかしこの見た目の違いを見た目以外の言葉ではどうもまだうまく説明できません。一緒に横に並んで見てもらうと、わかる人には何となくわかるようです。ブーツを履く当の本人にしても、それを感じられる人と感じられない人がいるようです。

バックルを締める際や立ち上がったときの様子などは、見るべきポイントをちゃんと見ていけば説明はつくものです。というよりここを説明できないようではブーツフィッターとしてはやっていけないわけですが、そこに見えている現象からブーツの中の様子を推測すること自体は論理的な思考で、誰が語っても答えは同じはずです。ところが何故か実際には逆の思考経路を辿って、直感的に感じたことを後からあらためて確認する場合も多いのです。

この辺は自分でもうまく説明できないのですが、もっと簡単な例で言えば「あ、あの人大きすぎるブーツ履いてる」というのは、見た瞬間にわかる人にはわかりますよねえ。それと同じようなもんじゃないかと思うのですが、何にせよ大事なのはその後のプロセス、お客様との共同での確認作業をどのように進めていくかであって、結論を先にドンと示してインパクトを与えたほうがいいのか、外堀を埋めながら徐々に核心に迫っていったほうがいいのかはその時々の接客のテクニックですね。この辺の順番を間違えるとお客様を無用に混乱させてしまったりすることがあるので気をつけなくてはいけないところです。

 

(おまけその10 おわり)


おまけの読み物

中江達夫のスキーブーツフィッティング