おまけの読み物その05 ブーツフィッターと呼ばれる人たち
2008.01.08
スキーブーツのフィッティングというのは、まあ専門職といってもいいものだと思います。隙間商売的な面があるとはいえ、雇ったアルバイトにマニュアルを渡して明日までに覚えてこいという種類のものではありません。またブーツ職人達も結果は見せても本当の手の内はなかなか明かさないものですし、結果を見てすべてをわかってくれるお客様もなかなかいないでしょう。
私もここですべてを語る気はさらさらありません。というよりもそんなことができるぐらいなら本の一冊ぐらい出しています。ただしシェルの加工によるフィッティングの概念自体は実はそう難しいことでもなくて、割とシンプルな考え方に帰結すると思っています。
スキーブーツというのはそのままで誰にでも合うわけではありませんが、合う人さえいればそれはひとつの完成された製品です。その製品ができあがるまでには、その道の専門家たちが色々計算して解析してテストしてトライ&エラーも重ねていってという過程があったわけです。つまりそうして出来上がった製品の形というのはそれなりの理由があってその形なのです。ですから私はとにかくまずブーツを良く観察します。あらゆる角度から見て、そして触ります。そして設計者の意図と理屈を感じ取ろうとするのです。その意図と理屈を念頭に置いて加工する分には、話はそうややこしくはなりません。
例えばその形である理由を全く考えずに完全に足の形にぴったり一致する形に作り変えたとしたらどうでしょう。もうそれはスキーブーツというよりもギプスを作る考え方と一緒です。人間の身体は正直です。動きづらい物の中に足を入れるとホントに動けなくなりますし、おかしな足の入り方になっていると本当におかしな身体の格好になります。ですからまずはそのブーツのことを良く「わかってあげる」ことが大事で、あとは足が納まるべきところに納まるように立体形状を整えていくことで、インターフェイスとしての役割を全うできるようにしていくだけです。むしろ私にはそれしか出来ないというのが正直なところで、その流れからはずれたことをしようとすると結果を予測することが途端に困難になりますし、終いにはブーツを壊すことになるのが関の山でしょう。
スキーブーツというほとんど曲面だけで構成されている厄介な三次元構造物のアウトラインのどこをどういじったらどうなるというのは実際やってみると手に取るようにわかるものです。最初は勘にたよるところが多いのも確かですが、経験を重ねていくとなぜそうなるのかという理屈も見えてくるようになって、どこまでいじっていいのか、あるいはどこを触ってはいけないのか、つまりできることできないこともはっきりしてきます。経験を通して得られたものと理論との接点を感じられるようになって、やっていることの整合性がわかってくるということかもしれません。
どこか変えようとしたときにその影響を想像することも段々できるようになりますし、実際に履いて違いを感じることもできます。しかしその影響の程度を数値化して示すことはメーカーレベルでしかできないことだと思いますし、そのようなデータを提供してくれるメーカーもありません。仕上がったブーツと一緒にこの部分をこう変えたから力の伝わり方がこの方向に何パーセントどうなったなどと数字で見せてもらったことがある人は多分いないでしょう。私もブーツを作る(設計する)側の人間ではありませんし、構造解析や応力計算までやっているお店もやはりほとんど無いと思います。
この辺が市井のブーツフィッターの限界といえば限界です。しかしこの数値で表せない部分をどれだけ経験と想像で補うことができるかがブーツフィッターの腕であり勘どころであり、仕上がり具合を大きく左右するところでもあります。この数値で表せない曖昧な領域があるからこそ、この仕事が成り立ってもいるわけで、もしNC制御のオートフィッティングマシーンなんて物ができて、各ブーツメーカーがそれぞれソフトを提供してきたりしたら、この業界の様相は一変するでしょう。
このようなフィッティングに関わる概念や実務作業のプロセスは教えることはできます。しかし教えてもらったら誰でもすぐできるようになるというわけでもありません。実際に自分でやってみて経験を積まないと身にならないのです。聞きかじった知識だけでは人を納得させられるだけの説得力も持ち得ないですし、経験を積むことでしか得られない勘ですとか加減というものもあります。このあたりの勘や加減といったものがどのぐらいの速さでどの程度身に付くかは、その人のセンスにも関わってくるところなので経験がすべてとは一概には言えないところがあるのですが、ブーツフィッターというのは経験こそが財産であり、拠り所でもあるのは確かです。
一括りにブーツフィッターといってもそのバックボーンは様々です。例えば私であれば指導員であることがそうです。お店で地道に経験を積んできた方、メーカー出身の方、整体師、トレーナー、シューフィッターなど様々な肩書きを持っていらっしゃる方がいます。そのバックボーンにより、現在の技術や地位を得るまでの過程は人それぞれだったでしょうし、フィッティングに対するアプローチの仕方が違ったりすることも当然あります。しかしいいブーツフィッターに共通しているのは経験と理論のバランスがよく抑制されていることではないでしょうか。いい仕事がされたブーツを見る機会がある度にそのことを強く感じます。経験だけに頼ると勝手な理屈を構築するようになり自己満足な結果だけを求めるようになります。反対に理屈はわかっていても経験の浅い仕事は、自己評価の基盤がしっかりしていないですから結果も不安定なものを残しがちです。
私にも、今でも理屈ではうまく説明できない、直感としか言いようのないような、教えようとしてもうまく伝えることが出来ないことがらが幾つもあります。結果は見えているのに「なぜ」がわからないことに出くわした時がひとつの分岐点なのかもしれません。「わけわからん」と言って通りすぎるか、「おもしろい」と思って泥沼に嵌まっていくかの・・・。
(おまけその5 おわり)