おまけの読み物その11 「矯正」はしませんよ 医者じゃないんですから

2008.12.11

何やら挑発的なタイトルですが、スキーブーツのフィッティング調整によって滑り方が変わるか、というお話です。結論から言うと「YES」でもあり「NO」でもあり、一般論としては答えようがないというのが答えです。なんだかはっきりしない結論ですね、すみません。

 

Q&Aやこのおまけのページで触れてきたフィッティングの概念や意義だとか、インソールの話などを読んでいただければわかると思いますが、体とブーツのマッチングによって本来できるはずの動きができないものがフィッティング調整をすることによってできるようになるのでは、という意味でいえば「YES」です。ブーツの構造からくる制限というものはありますが、ブーツを履いていない普段の感覚と同じように動けなかったものが動けるようになって、それによって滑りが変わる、ひいては上達に繋がることができるのではということを期待されるのであれば、「そのとおりです」ということです。

今までの経験からすると本人が問題を自覚していなかったり、技術的に発展途上段階でまだ個性云々で語ることができないレベルである場合などのほうが劇的に滑り方が変わる可能性があります。もう少し具体的に言うと、技術的なことをあまり深く考えたことがない、考え方も含めてまだ土台がしっかりしていないお子さんや初中級者の方ほど、体がすぐに反応していきなり別人のような滑り方になることが多かったりします。

もちろん上級者でも求める運動イメージがしっかりしていてそれがちゃんと合理的なものであればすぐにフィッティングした効果は実感できるものです。しかしブーツの使い方も含めて間違った(不合理な)運動イメージが身についてしまっている場合、それを一度崩して再構築する柔軟さまたは覚悟がないといくらブーツをいじっても滑り方は変わりません。そういう意味で言えば「NO」なのです。

 

話が前後してしまいますがブーツと滑り方の問題を検証する際には、フィッティング云々の前にブーツの選択が適切かということが問題となる場合があります。

人とブーツとの間には相性とでも言うべきものがあって、例えば足床角(ランプ角)や前傾角度が合わなくてしっくりくるポジションがとれないとか、ブーツの持っているリズムが自分のリズムと何となく合わないとか、それらを含めてブーツの特性が自分の滑り方にあわないとか、またブーツの特性が大幅に変わるようないじり方をしないとフィットしないといった問題がある場合などが当て嵌まります。そのようなブーツをアジャストさせるためにはフィッティングの範疇をこえたような作業が必要で、ブーツの設定(設計かな?)そのものを変えなければならないということにも繋がってきますから、別のブーツを選択したほうが手間が掛からなかったり安上がりになることが多いものです。

ブーツの特性やブーツが求めてくる滑り方が本人が求めているものと違う場合は買い替えを検討したほうが話が早かったり、苦労も少なくて済む場合が多いということでもあるのですが、中途半端な知識や極端な思い込みによって自分との相性を判断してしまうのはブーツの選択範囲を狭めてしまう危険性もあるので専門家の意見を広く聞いてみることは大切です。一見相性がよくなさそうなブーツでも、そのブーツに合った体の使い方に滑りを変えることができたりそういう滑り方が本人が求めているものであれば、必ずしも悪い選択でもないということも言えるのです。

つまりこのような滑り方による相性が問題になるような場合は滑りが変わるかどうかではなくて、変える意思があるかどうかという話になってきます。

 

いずれにしてもこれらフィティングやマッチングの問題を解決することを、滑りを「変える」きっかけにすることは可能かもしれませんが、「変わる」かどうかというのは結局本人次第で、四六時中一緒に生活して性格までも把握している間柄でもない限り、可能性以上のことは語れないということになります。

 

フィッティングによって滑りを変えることができるかという問いに対してはっきり「NO」と言う時というのは、「フィッティングによって体の癖を直したり癖が出ないようにできるか」という種類の期待をされた場合です。

今までも書いてきましたが体のバランスや癖や、それに起因するような滑りの癖を矯正するような考え方を基にチューニングすることは、ブーツのみならず体そのものを壊す可能性を伴うものであって通常私は行いません。もし行う場合は対象者の掛かりつけの医師・理学療法士・義肢装具士などの医療関係者とも相談した上での話しになるはずです。

ブーツの中に足をストレスのない状態で納めてあげることによって体全体がリラックスしたニュートラルな姿勢をとれるようにしてあげること。それによって怪我や傷害を起こりにくくすること。本人が本来持っている運動能力をよりよく発揮できるようにしてあげることがフィッティングの大事なテーマです。私共が行っていることは矯正具やギプスを作ることではなくてスキー用の運動靴を作ることだと考えています。

この辺をはっきりさせておかないとそれこそ訴訟を抱え込む事態を招く恐れさえあります。

 

フィッティングは体の矯正を目的としたものではありません、ということは明確に謳ってはおきたいのですが、実はブーツのフィッティングに係わるようになるとグレーゾーンに足を踏み入れなければならない事例も発生してくるという弱みがでてきます。

何かというと「インソール」への係わり方です。

スキー用も含めたスポーツ系のインソールは元々パフォーマンスの向上を目的とした物で、その目的に合った作り方をしたり使い方をするのが本来の姿です。しかし実際にはスポーツ系のインソールを使用することによって運動機能だけでなく身体機能そのものが向上することがあるのはよく知られていることですし、そのような期待を多少なりとも含めた要素を作るときに入れたりすることもあります。ただし何か症状がある人に対して何かしらの処置を行うことは医療行為になりますので、ブーツや靴の機能補助というスポーツ系インソールの定義を拡大解釈してしまうとまずいことにもなります。また理学療法の現場から発案されたようなインソールでもスポーツで使えるものがあったりして、スポーツ系と医療系を明確に分けることは実際には困難で、結局は作る人や使い方次第といったところもあります。

そういうある種の裁量に任されているあいまいな部分があることがお客様に混乱や勘違いを招いているのではないかという懸念があるからこそ、自分の立ち位置を見失わないようにしなければならないですし、できないことははっきりとできないと言わなければならないと考えています。

 

(おまけその11 おわり)


おまけの読み物

中江達夫のスキーブーツフィッティング